戦乱恋譚


その険しい顔に、ぞくり、とした。

こんな伊織、初めて見る。怖いくらいに落ち着いているようで、だけど、奥には高ぶる熱を持つような、そんな瞳。


「華さんにここまで言われて、俺が何も感じないわけないでしょう!俺がどれだけ、貴方を意識しないようにしていたか。俺がどれだけ我慢して、貴方と距離を置いていたか。…住む世界が違う貴方を引き止めまいと、決めていたのに……!」


(…!)


今、彼は何を言おうとした?何をためらった?

そんな素振り、私には見せなかったじゃない。一度も特別な扱いなんてしなかったじゃない。少しでも本当の気持ちを見せてくれたら、こんなに拗れることなんてなかった。

はぁ、と息を吐いた伊織。くるり、と私に背を向けた彼は、すたすたと夜道を歩き出す。


「ま、待って、伊織!」


追いかけるが、彼は足を止めようとしない。

こちらを振り向かない彼は、あえて屋敷の門から入らず、裏道を通って庭に出た。

そろそろ日付が変わる。そんな時刻は、真っ暗だ。私が伊織を迎えに行ったと知っている屋敷の人々も、もう騒いでいない。

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