戦乱恋譚
…すっ。
何も言わずに私から離れる伊織。思わず顔を覆って嗚咽を漏らす私に、感情を悟らせない彼の声が聞こえた。
「…もう、“夫婦ごっこ”は終わりです。分かったでしょう?俺は、貴方に想ってもらえるほど、いい人じゃない。」
「…!」
冷めた声に、心臓が鈍く鳴った。ふっ、と伊織へ視線を向けるが、彼はこちらを見ようとしない。
「明日の夜は、千鶴に城まで送ってもらってください。…俺に、貴方を見送る暇はないので。」
棘のある言い方に、心が軋んだ。彼の声が、まるでどこからか別の人が言っているようにしか聞こえない。こんなの、伊織の言葉じゃない。
だが、彼は、私を引き止めない。
…ガラリ。
引き戸が開いた。無言の彼の誘導に、私は涙を拭いて立ち上がる。
彼に何かをいう勇気は、もう私の中にはなかった。
…トン。
一歩、廊下へ出て閉められる扉。その瞬間、ぶわっ、と再び涙が溢れた。
(……どうして……)
何度、心の中で問いかけても、彼から答えは返ってこない。直接聞くことも、もう出来ない。
最後の夜を、こんな形で迎えるなんて。
私は涙で乱れる呼吸を必死に押し殺しながら、自分の部屋へと帰ったのだった。