戦乱恋譚
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華が出て行き、一人になった。しぃん、と静まり返る部屋の中で、やりきれない想いと罪悪感が込み上げる。華の泣き顔が頭にこびり付いて離れない。
「……はぁ…」
…と、伊織が思わず息を吐いた、その時だった。
『…お前は器用なのか、不器用なのか分からんな。』
「!」
突然、聞こえた艶のある声。不意打ちの出来事に、どきり!とすると、ぼうん!と紺色の着物の青年が目の前に現れた。大輪の菊の柄が目に映る。
「花一匁……」
ぽつり、と、彼の名を呟くと、花一匁は静かに桃色の瞳を開いて言った。
『演技とはいえ、よく踏みとどまったものだ。無理やり“事”を進めようとすれば、息の根を止めてやったものを。』
「!」
全て見抜かれていた。
というよりも、まさか、全部見ていたのか?
そんな伊織の視線を感じ取ったのか、花一匁は端正な顔をわずかに傾げ、呟いた。
『俺が、夜道に一人で駆けていく姫を放っておくわけなかろう。』
「…神社にいた頃から見ていたんですね。」
弱々しくそう言った伊織。もう、恥じる気にもなれない。すると、花一匁は静かに続ける。
『俺は、姫を泣かせたお前が嫌いだ。』
「!」
『…だが、あえて嫌われるように突き放したお前の気持ちもわかる。…難儀なものだ。』
彼の声は、優しかった。てっきり、姫第一主義の花一匁にバレたら、祟り殺されてもおかしくないと思っていたのだが。