戦乱恋譚
『それは違う。姫さん。』
(!)
千鶴が、力強く声を上げた。戸惑って彼を見上げると、千鶴は私をまっすぐ見つめて告げる。
『伊織が姫さんを引き止めないのは、迷惑だからなんかじゃない。全部、姫さんを守るためだ。…敵の刃から、傷つくことから…全てから姫さんを遠ざけるために、わざと突き放したんだよ。』
「!」
彼は、私に気を遣って言っているようには見えなかった。そして、千鶴は迷いを振り切るように言葉を続けた。それは、私にとって予想外の一言。
『それに、伊織が姫さんの気持ちに応えないのは…自分に残された命が短いと知っているからだ。』
「え…?」
『今の伊織は…病に侵されて、いつ死んでもおかしくないんだよ。』
どくん…!
大きな衝撃が体を駆け抜けた。
その瞬間。今まで交わしてきた伊織との言葉の疑問が、全て解かれていく。
“…伊織には…私の他に、奥さんにしたい人はいないの…?”
“…俺は、生涯そういう方を作らないと決めているんです。”
“…どうして?”
“…俺が死んだら、独りにさせてしまうでしょう?”
平然と私に告げた伊織。
“戦乱の世では、当たり前のことですよ。…華さんには、分からないかもしれませんが。”
そう言ってはぐらかした彼は、死の覚悟を決めているようだった。そして、いつも自分がいなくなることを前提で話していた。
それは全て、自分の死期を悟っていたからだったんだ。