戦乱恋譚
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《伊織side》
『遅かったな、千鶴。姫はちゃんと送り届けて来たのか?』
午後七時。神城家に帰ってきた千鶴に、花一匁が目を細めた。
『おぅ。ちゃーんと送り届けてきたぜ?』
その言葉に、心の奥がコトン、と音を立てる。
やはり、彼女は帰ってしまったのか。帰らせたのは自分といえど、予想よりも到着が遅い千鶴に、微かな期待を寄せていた自分がいる。
彼女が戻って来るなんて、そんな都合のいい話あるわけない。
…ズキン。
呼吸をする度、肺が痛む。最近は、食欲も失せてきた。何かを無理に食べようとすると、もどしてしまうほどに。
(…そろそろ、か。)
数年前から、眠れない日々が続いていた。事情を知らない使用人には、当主としての仕事を徹夜でこなしているように見えていたようで、体を気遣う声をかけられた日もあった。
家を背負う当主が、命幾ばくかもわからない病に侵されているなど、不安を煽るだけだ。
そう思い、体のことはひた隠しにしてきた。
知るのは、自分と銀次だけ。
咲夜には、十二代目に刺され医務室に運ばれた日に薬が見つかり、バレてしまったらしい。
“なぜ黙っていたのか”と責められると思ったが、彼はよく出来た男だった。自分が気づいたことも隠そうとしている。
…俺と話す度に明後日の方向を向いて動揺を隠している不器用さが残念だ。