戦乱恋譚
背後から、驚いたような声が聞こえた。とっさに後ろを振り返ると、そこには簡易な着物を纏った伊織の姿があった。
どうやら、彼は湯上がりらしい。濡れた髪と襟から覗く鎖骨が色っぽい。昼間よりも無防備な姿に、どきり、と胸が鳴る。
「華さん、どうしてここに…!もう日付が変わる時刻なのに…」
「あ、えっと、どうしても伊織と話したくて…!ご、ごめんなさい!部屋に入るなって言われてたのに、呼びかけても返事がないから…倒れているのかと思って…」
すると、伊織は襟を正し、小さく息を吐いた。そして、目元を和らげ、優しく囁く。
「…仕方ないですね。もうバレてしまいましたし。…ここでは冷えますから。」
すっ、と、私を中に通す伊織。引き戸が閉められ、部屋の中で二人っきりになった。何とも言えない緊張感が漂う中、私はおずおずと彼に尋ねた。
「あの…これは…?」
“これ”、というのは、部屋に並んだ奇妙な物品のことだ。伊織もそれを察したようで、観念したように答える。
「これは全て、“お守り”です。」
「“お守り”…?」
「はい。汚れを払う人形や、幸運をもたらす掛け軸。戦地で武運を上げるとされる壺や、生命を加護する札もあります。」
私は、柱に貼られた札を指して尋ねた。
「これも全部?」
「はい。それは、敵の式神を立ち入れないようにする魔除けの札です。」