戦乱恋譚
きょとん、と、する私。軽く引き寄せられ、伊織が二人の距離を縮めた。思わず目を見開くと、彼は低く艶のある声で囁く。
「これから華さんだけは、この部屋に自由に出入りすることを許します。…でも、今日のような夜更けに来るのだけは禁止です。」
「え…?」
「…俺は、これでも男ですから。」
月明かりが、伊織を照らした。その表情はどこか色香を帯びていて、瞳には淡い熱が灯っている。
「…こんな無防備な格好で可愛いことを言われたら、結構、余裕が無くなるので。…華さんなら、なおさら…、ね。」
「!」
小さく微笑んだ彼は、そのまま私の手を離して「…では、おやすみなさい。」と、扉を閉めた。
不意打ちの言葉に、どくん、どくん、と胸が鳴る。
(今の顔を…、私は知らない。)
穏やかな伊織の顔でも、夫のフリをしていた時の顔でもない。
“俺は、これでも男ですから”
去り際の言葉が、頭の中に鳴り響く。彼の隠されていた一面に、ぐらり、と揺れた。
冷たい夜風が、熱くなった頰をふわり、と撫で、眠れない夜が深々と更けていったのだった。
其の弐*終