僕は雲になりたい
日常
僕は、人生で初めて告白をした。告白と言えるものではないと思いたいが、はっきりと好きと言葉に出してしまった。最悪の気分だった。僕はそもそも恋人というものに興味がない。周りが皆恋愛をして、恋人をつくっているから僕も過去に片手で数える程の恋人はいたが、僕は決して好きになれなかった。申し訳ないと思いながらも、仕方がなかった。興味がないのだから。
昨日の誤解を解こう、、、そう思いながら学校に向かった。
教室の扉を開けると、予想通り、いや嫌な予感が当たったと言うのだろうか。
もう既にクラス中に、昨日僕が宮澤さんに告白したという噂が広まっていた。この調子だと他のクラスの人達が聞きに来るのも時間の問題だろう。誤解を早く解かないといけない。だがどうやって誤解を解こうか。告白したことは紛れもない事実だ。「好きです」を「踏切です」に誤魔化そうとしたが、ここではっきり言おう。そんな事この世の中で通じるはずがない。ましてや高校生だ。無理だ。
「柴田、やったな」
クラスの男子が僕に向かって親指を立てながらそう言った。
なんと腹立たしい。
「やってねーよ。いや、誤解だよまじで」
「お前の気持ちに嘘偽りがない事を僕は誓います」
憎い。年頃の男子高校生というものは何故こんなにも憎いのであろうか。
その男子は、僕に近づいてきて肩にポンと手を置いてきて、僕の耳元で呟いた。
「happy wedding」
これ以上ない完璧な発音で言い放った。澄まし顔が、また腹立たしい。
僕は決めた。この男の浮いた噂を聞いた時、必ず同じ事をしてやろうと。
他の男子はもちろん、女子も興味津々といった雰囲気。逃げ場がない。
よく世間では、小学生や中学生の方が子供だと言うが、案外そうではないのかもしれない。もちろんその学校や人によるのだろうが、高校生は結構子供である。
だからこそ高校生活は楽しいが、こういった時、かなり苦労する。
とりあえずこの場から離れよう。
「ちょっとついてきて」
宮澤さんに声をかけて、僕は教室の扉に向かって歩き出した。宮澤さんもしっかりとついてくる。皆の視線が少し痛いが、これ以上教室にいると身がもたない。

教室を出て、校内の中でも人気が少ない廊下の自動販売機の前で足を止めた。
「あのさ、なんで皆に変な事言ったの?」
「別に何も言ってないよ?ただ柴田と仲良さそうだねって男子に言われたから、昨日告白されたって言っただけ」
愕然とした。この子は少し変わってる。あまり関わらない方がいい。だが何故だろう。ちょっと可愛い。
「そんなこと言うのおかしいでしょ。絶対変だよ。まじでやめてくんないかな」
「告白したのは事実じゃん?私の返事も聞かないで逃げるように帰ったくせに!」
痛い所をつかれた。そう、告白は事実。消せない事実。そして告白したにもかかわらず、逃げるように去ったのも事実。
ん?おかしいのは僕ではないか。変わっているのは僕だ。うん、間違いない。
「うん。じゃーあの返事の方はもらわないでいいからさ、昨日の事は忘れてほしい」
なんと間抜けなのだろう。
「え?なんでよ」
彼女はクスクスと笑い、手を拳にして口に当てている。駄目だ。この仕草に僕は弱い。昨日のありえない告白もこのせいだ。
「いやなんていうか、昨日のは一夜の間違いというか、どうかしてたというか、そんなつもりはなかったというか、悪気はなかったというか」
僕は何を言っているのだろう。これではまるで、浮気が恋人にバレた時の言い訳の様ではないか。
「あははは」
ついに彼女は声を張って笑った。吸い込まれそうだった。
人の笑顔がこんなにも綺麗だと思うのはいつぶりだろう。
可愛い。それに尽きる。
「まぁあの、俺にも俺の日常があるわけだし、宮澤さんには宮澤さんの日常があるわけじゃん?だから昨日の事は忘れよう」
笑っていた彼女が急に真剣な顔になった。
「だったら日常の共有をすればいいじゃん。私は前から柴田の事が好き。柴田も私の事が好き。ならいいじゃん」
「いやだから、俺が好きって言ったのは、なんかこうちょっとした冗談みたいな感じでさ、だからほんとにごめん」
頭を下げた。
「なんで私が振られてるみたいになってるの?」
クスクスと笑う。やはり可愛い。
「そういう訳じゃないけど、日常の共有?とかそんなの俺出来ないし、だから無理だって事」
「大丈夫だよ。そのうち絶対私の事好きにさせてあげるから。じゃ教室戻ろう!」
彼女に手を引っ張られながら教室に戻った。
誤解を解くどころか、最悪の事態になってしまった。
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