僕は雲になりたい
最高の彼女
「よし!あれ乗ろうよ!」
帽子のペアルックをして、上機嫌な彼女が指を向けていたのは人気のアトラクションだった。
「待ち時間よく見ろ。210分待ちだぞ」
「愛があれば待ち時間なんて関係ないよ」
「あほか。これはファストパス取って、他のアトラクション行くぞ」
ファストパスとは、時間は指定されるが、あまり並ばなくてもそのアトラクションに乗れてしまうという活気的なチケットの事。誰もが知っているから、人気のアトラクションであれば、ファストパスすら取る事も難しい。運良くこのアトラクションは、まだファストパスが取れる。
「ファストパス?なにそれ」
彼女は知らないみたいだ。誰もが知るファストパスだと思っていたが、まさか女子高生がファストパスを知らないとは驚きだ。
「バカによく効く薬みたいな物だよ」
説明するのが面倒なので、からかい半分の嘘をついた。
「あ、柴田によく効く薬か」
「お前によく効く薬だよ」
「私の方が成績いいじゃん」
ニヤっとしながら彼女は言った。
そう、彼女は学校のテストの順位では、常に五本指に入るほど成績がいい。
「学力の話じゃねーよ」
「大丈夫。気にしないで。多少頭悪くても大丈夫だから」
ニコニコしながら言う事だろうか。なんと腹立たしい。
「お前まじ覚えてろよ」
「お前まじ私の事覚えてろよ」
「ごめんなさい」
痛い所をつかれた。彼女は笑っていたが、僕は全く笑えない。
「ねー!あれ食べようよ!」
彼女の目線の先にはチュロスを売っているお店があった。
「お前チュロス食べた事ないの?」
「あると言えば嘘になるのかな。でもどんな味かは想像出来てるし嘘にならないかな」
「素直にないって言えよ」
僕は特にお腹を空かせていなかったので、彼女に一本だけ買おうと、列に並んだ。
「このテーマパーク来たことないの?」
知らない事だらけだったので、おそらくないのだろうと思い聞いてみた。
「女子高生だよ私。無いわけないじゃん」
すぐに嘘だと分かった。白白しかったからだ。少しからかってみよう。
「まぁそうだよね。無いわけないか。俺らが住んでる所から近い方だしね」
特別近いわけではないが、地方の人からするとかなり近い。十分遊びに行ける距離だ。
「当たり前じゃん。女子高生馬鹿にしない方がいいよ」
彼女はまだ強がるみたいだ。
「もし来た事ないんだったら、迷っちゃう可能性もあるし、さっきみたいに手繋いで歩こうかと思ったけど、来た事あるなら平気だね」
「全く来た事ないです。人生で初めてです。一度もないです。手繋ぎたいです」
「よろしい」
そうしていると、列がかなり進んでいた。
「何味がいいの?」
「全部」
「いや一つしか食わねーだろ。何味がいいの?」
「全部」
「だから全部買ったって仕方ないだろ。一つだよ一つ」
「全部」
「かしこまりました」
怖い。同じ表情、同じ台詞。デジャブだ。
全種類ならば、もっとある。でもここにあるのは三種類。彼女は三種類が全種類だと思っているみたいだ。こちらとしては探し回らないで済むので好都合だ。

「はい全種類」
彼女に三本手渡した。
「じゃ半分こっこだね」
「俺食わねーって言ってんだろ」
「騙されたと思って食べてみて」
「田舎のおばあちゃんか」
「ぴちぴちの女子高生になんて事言うの?最低だね。はい、食べなさい」
そう言うと、二本手渡してきた。
「おい」
「何?」
彼女は既に自分が選んだ一本を食べている。
「半分ですらねーじゃん」
「美味しいね」
「三分の二を俺が食べんの?」
「これすごい美味しいね」
「おい」
「こんな美味しいの食べたの初めて!ふふ」
片手をほっぺにつけて、不自然な女の子らしさを出してきた。だが可愛いい。
「どう?可愛いい?必殺、こんなの初めて攻撃」
「不自然すぎて気持ち悪かった」
「もっと勉強するね」
「その前にせめて半分ずつ食べよう」
「さぁ行こう」
やはり彼女は時々耳が遠くなるらしい。

結局半分ずつ食べたが、元々食べる気のなかった僕に半分食べさせる彼女は一体どんな性格をしているのだろうか。親の顔が見てみたいとはこういう事なのだろう。
僕達は食べ終わった後ジェットコースターの列に並んでいた。
「あんまりアトラクション乗らないで、写真撮ってる女子高生も多いみたいだけど宮澤さんは結構乗りたいタイプなんだね」
「乗らなきゃ来た意味ないじゃん」
「人それぞれだからね」
先程の210分待ちのアトラクションよりは短い120分待ちだが、それでも少し長く感じる。それは僕と彼女は恋人でもないし、もっと言えば仲のいい友達でもないからだ。恋人や友達と来ても待ち時間に疲れる事はあるが、ただの同級生と待つ120分は長い。

「柴田にとって最高の彼女ってどんな人?」
彼女が突然質問してきた。
「最高の彼女って何?」
「質問してるのはこっちだよ」
「最高だなって思える彼女って事?」
「そうそう」
なかなか難しい質問だ。何をもって最高の彼女なのかが分からない。
「いや分からないな」
「えーつまんないなー」
「ならお前は最高の彼氏はどんな人?」
「柴田」
即答だった。
「俺彼氏じゃないからね」
「私の手をこんなにも熱く握りしめてくれてるのに?」
「手離すぞ」
彼女は笑いながら、「ごめんごめん」と言って、また質問してきた。
「どうしたら柴田の最高の彼女になれるかな」
「いや知らんよ」
彼女は少し不満気な顔をしたが、分からないものは仕方ない。
「結構頑張ってるつもりなんだけど、まだ程遠いかな」
一瞬悲しそうな顔が見えた。ここは気を遣ったほうがいいだろう。
「頑張って好きになってもらうってのも違う気がしない?」
僕がそう言うと、彼女は真剣な眼差しで僕を見てきたが、僕は続けた。
「頑張って好きになってもらったって、それは本当の自分じゃないじゃん。最高の彼女を目指すんじゃなくて、自分の素を見た上で最高の彼女って思ってくれる人を探すべきなんじゃないの?」
かなりの綺麗事を言った気分だった。それに対して彼女は反対してきた。
「誰かの事を好きになった時に、どうしても好きになってほしいから頑張るんじゃん。本当の自分じゃないって言うけど、頑張って好きになってもらおうとする自分も本当の自分だよ」
少し納得した。彼女は馬鹿なところもあるが、考えはしっかりしているのかもしれない。
「この議論は終わりそうにないね」
僕がそう言うと、彼女も頷いた。
「でも柴田の意見も分かるよ」
「俺も宮澤さんの意見分かるよ。確かにって思ったし」
本当に思った。少し自分の考えが変わっていくような気がした。
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