【BL】祭囃子
まるで時が止まったかのように動けなくて、それでも花火は空を染め続けているから、きっと時間は進んでいて……
唇に押し当てられた手を掴んで、ゆっくりと引き離す。
「それ、どういう意味だよ?」
壱は空いている方の手でお面を顔まで下ろした。
「悟、キミは大人になる。だから僕らの夏は、ここで終わりだ。」
「だから意味を聞いてるんだ!大人になって、一体何が変わるって言うんだよ?お前が就職でもして、何処か遠くにでも行くのか?」
「………違うよ。僕はここにいる。ずっと、ここに。」
「じゃあ、一体何だって言うんだよ……?」
壱は空の花火を見上げたまま、俺には振り返らない。
「大人になれば出来ることが増える。でもその分、見えないことが増えてしまう。」
「………見えない、こと」
「そう………だから僕は、夏の思い出に消えていく。」
「俺は……俺は何も変わらない。」
「キミが望んでいなくても変わっていくんだ。人はそういう生き物だから。」
ようやく壱の視線が俺の方へと下りてきた。
「本当は悟とずっと一緒に居たい。このままキミが大人になんてならなければいいのにって思ってる。」
「……なぁ、冗談だよな?からかってるんだろう?」
「…違うよ。………次で最後の花火だ。悟、僕は君に出会えて良かった。沢山の夏の思い出をありがとう。………でもまだ寂しいから……あの花火が散る瞬間まで、キミを好きでいさせて。」
壱の言っていることの半分も理解出来ていないけれど、冗談なんかじゃないんだと嫌なほど分かってしまって…
俺は掴んでいた手を力一杯握り締めた。
「……ずっと、ずっと………好きでいればいいだろっ!俺はお前が、壱がーーっ」
少しずれたお面の下から覗いた唇が、俺の口を塞ぐように重なった。
夏を彩る最後の花火が上がる。
こんなにも散り際を憎く思ったことはない。
花火が消え終わる前に離された唇が音もなく、“バイバイ”と紡いだ。
花火が散り終えると夏は終わりを告げ、壱はその姿を消した。
「……あんなに甘いもん食ってたのに、しょっぱいキスだな。」
……お面の下、きっと、泣いていたんだろうな。
ーー消えない思い出と共に、夏が終わった。
ーーendーー