Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
1. 涙と唇
「もう、我慢しなくていい。」
耳元で低くそう囁かれた瞬間、千紗子の目から涙が関を切って溢れ出した。
次々とこぼれ落ちる涙は、真っ白なシャツに染みを作っていく。
大きな腕にしっかりと抱きしめられている千紗子は、その厚い胸板に額を付けて、濡れた瞳を固く閉じた。
「うっ、ううっ…」
閉じた瞳からは次々と涙が滑り落ちていく。けれども反対に、その口からは微かに呻くような声しか出てこない。
「声を…、何もかも我慢するな。大丈夫だから。」
柔らかなバリトンの声が耳元の空気を震わせる。
背中に回された大きな手が、千紗子の背中をあやすようにトントン、と軽く叩いた。
戦慄く(わななく)唇をキュッと噛みしめて、目の前にあるYシャツを掴む。
まるで「大声を出してはいけない」と誰かに言いくるめられたこどものように、千沙子は頑なに声を上げるのを耐えていた。
頬をすべり落ちる涙を流れるままにして、千紗子はきつく唇を噛んだ。
そんな彼女を守るように強く抱きしめていた二本の腕が、前触れもなく解かれた。
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