Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
雨宮の車に乗せてもらうのは二度目になる。
おそらくセダンといわれるタイプの乗用車で、外はダークシルバーでライトやボディのデザインが大人の男性である彼の雰囲気によく合っている。
内装は黒一色に近いのに塵一つ見当たらず、余計なものは何一つ見当たらない。
シンプルだけど上質な空間で、高級そうな革張りのシートに座ると何だか緊張してしまって、千紗子は身を小さくしてそこに収まっていだ。
「この辺でいいか?」
雨宮が車を停めたのは公園沿いの道路脇。ここは図書館から少し離れているけれど、この公園を突っ切れば徒歩でも三分ほどで図書館の到着する。
「はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、またあとで。気を付けておいで。」
目的地は目と鼻の先だというのに何を気を付けるんだろう、と千紗子が小首を傾げていると、雨宮は「くすっ」と笑って彼女の頭に手を置いた。
「途中の池に落ちないように、な。」
そう言って頭の上の手を大きく動かすから、千紗子の顔が赤くなってくる。
「おっ、落ちませんよっ。」
「はは、だろうな。」
「…乗せて頂いてありがとうございました。」
からかわれたのだと分かって、内心むくれる千紗子なのだが、顔には出さずにお礼を言って助手席のドアハンドルに手を掛けた。
ところがドアを開ける一歩手前で、「そうだ。ちょっと待って。」と何かを思いついた声に呼び止められた。
「千紗子、これ。」
振り向くと、雨宮の手に一つの鍵が握られている。キーホルダーも何もついていないそれを、雨宮は千紗子の前に差し出した。
良く分からないまま両手の平を上にすると、鍵がポトリと落ちてきた。
「家のスペアキー。ないと困るだろ?帰りは送ってやれないから、タクシーで帰ってそれを使って家に入って。帰ったら自由に過ごしてていいからな。」
雨宮の、眼鏡の奥の瞳が優しく細められる。
体にピッタリと合ったスーツ、しっかりと締められたネクタイ、シルバーフレームの眼鏡。
外見は完璧なまでに『雨宮課長』なのに、その瞳がオフの時のままで、そのちぐはぐさが千紗子を戸惑わせる。
「じゃあ、またあとで。」
「はい。雨宮さんも気を付けて。」
今度こそ助手席のドアを開けて、車から降りた。