Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
「お疲れさま、千紗子。閉館まで何事もなかったか?」
「はい、大丈夫でしたよ。」
「そうか。良かった。」
千紗子を横目に見て微笑んだのは、ブラウンフレームの眼鏡姿の雨宮だ。
彼は千紗子がシートベルトを締めたのを確認すると、ゆるやかに車を発進させた。
図書館を出て車に乗り込むまで、ものの一分くらい外気に当たっただけなのに、千紗子の手足はすっかり冷えていて、車のエアコンの風が当たると、氷が解けるように体が温まって行く。
車内はしっかりと暖房が効いていてとても暖かいことから、雨宮が車にいる時間が随分長かったのではないかと、千紗子は気が付いた。
「メッセージに気付くのが遅くなってしまってすみません。随分とお待たせしてしまいましたよね?」
遅番は八時半までの勤務だけれど、日曜日の今日は午後から閉館までずっと忙しく、結局三十分の残業をしてからやっと上がることができたのだ。
雨宮からのメッセージは八時前くらいに入っていて、シンプルに『勤務後、職員用出口の前に車で待っている。』とあった。
千紗子は普段から、携帯はデスク用のポーチの中に入れておいて休憩と勤務後にしか見ない。
万が一、実家や友人から緊急の連絡があるとしても、図書館に電話を掛けてくれば確実に自分に繋がるし、それで今まで不便を感じたことがなかったのだ。
(ちゃんとメッセージに気付いていたら、『遅くなりそうだし、迎えは要りません。』て言えたのに…)
結果として、雨宮を無駄に待たせてしまったことが悔やまれる。
「そんなに待ってはいないから大丈夫。千紗子は仕事だったんだから気にしないで。むしろ勤務中に私用の携帯をチェックしたり返信したりしない千紗子は、真面目でえらいな。」
変なところで褒められて、千紗子は途端にむず痒くなる。当たり前だと思って特に気にしていなかったことを、こうして改めて褒められると、嬉しい反面すこし恥ずかしい。
「あ、ありがとうございます…。」
微妙な居心地の悪さを感じて助手席から外に目を遣ると、街路樹に巻かれた電飾がキラキラと光っているのが目に入ってきた。