Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
‟ピピピピピピピッ”
突如鳴り始めた電子音に、千紗子の体がビクリと跳ねあがった。
音はフローリングに無造作に置いた鞄の中から響いていた。
鳴り続ける着信音は千紗子に『早く出ろ』と催促してくる。
鞄の中から携帯電話を取り出した千紗子の動きが、ピタリと止まった。
明るく光る画面には、千紗子が逃げ出してきた、その人の名があった。
(どうしよう……出ることが出来ない…。)
きっと目覚めたら千紗子の姿がどこにもなくて、電話を掛けて来たんだと思う。
きちんと雨宮に説明しなければならないことがあるのに、今は彼に何を言っていいのか分からなくて、千紗子は電話に出ることが出来ない。
言いくるめられて流されるように彼のところに戻るようなことにだけはしたくなかった。
そうこう考えている間に、ずいぶん長いこと鳴っていた着信は、とうとう鳴らなくなってしまった。
(きっと心配しているわよね……。)
暗くなった画面を見つめながら、千紗子はため息をついた。
ここ数日の雨宮の言動からすると、千紗子のことを必死に探しているかもしれない。
そう思うと、居ても経ってもいられなくなるけれど、だからと言って掛けなおす勇気もない。
(せめて、これくらいは言わないと……)
雨宮は行きずりでも一晩のアバンチュールの相手でもなく、れっきとした自分の上司なのだ。今後も職場で毎日のように顔を合わせなければならない。
千紗子はなけなしの勇気を振り絞って、雨宮にメッセージを送った。