Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

 「ハッキリ言って、俺は千紗子と毎日一緒にいたい。一緒にいる時は片時も離したくないし、ずっとくっ付いていたいくらいだ。あんまりベタベタされるのは嫌かと思って我慢してるけどな。」

 一彰の思わぬ発言に、千紗子動きを止めた。

 一見クールに見える大人な男性。その彼が優しい人だということを、千紗子は十分に知っている。けれどその彼が、そんなふうなことを考えているとは思わず、驚きのあまり涙まで止まってしまった。

 「今日だって、あのマンションにいる間中、他の男と暮らした場所から一刻も早くちぃを連れ出したくて堪らなかった。荷物を早く引き上げるようにしたもの、いつまでも前の彼のところにほんのわずかでも、ちぃのしがらみを残して欲しくなかったからだ。そんなふうに独占欲と打算だらけで、俺はちっとも優しくなんかない。」

 そう言った後、一彰は少し怒っているような表情になる。

 「ついでに言うと、千紗子が仕事中に他の男と楽しそうに話していると、腹が立つ。」

 「え?」

 びっくりして千紗子が顔を上げると、一彰は眉間にしわを寄せて何かを思い出すように遠くを見ていた。

 「仕事中ですよね?」

 「ああ。」

 仕事中に他の男性と楽しくおしゃべりをした記憶なんてなくて、千紗子は困惑した。
 職場の先輩とは仕事の遣り取りしかしない。職場で楽しく話をするのは美香とくらいだ。

 頭の中で疑問符を幾つも並べながら考え込んでいると、一彰はとんでもないことを言い放った。

 「レファレンスの男性。」

 「え?」

 「時々来るだろう?調べたい本の問い合わせが。」

 「……はい。」

 二年目とはいえ、千沙子も司書の端くれだ。利用者からの問い合わせに応えることも仕事のうちなので、なるべく丁寧に分かりやすく、その人の要望に沿った資料を紹介できるように努めているつもりだ。

 「遠目に見ても何か楽しそうにしている時があって、それだけで腹を立ててしまう自分が嫌になるな。」

 要は、仕事で他の男性と楽しげにしていても妬ける、と一彰は言っているのだ。

 千紗子はまばたきを数回した。しっとりと濡れた睫毛が冷たいけれど、恋人になったばかりの男性がした発言が俄かに信じられずに、彼をじっと見つめた。
< 258 / 318 >

この作品をシェア

pagetop