Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
自宅に着いて、ドアを開けようと鍵を差し込み回すが、「カチャリ」と開く手応えがない。
ドアノブをそっと回してみるとなんなく開いた。
(裕也、帰ってるんだ。)
そう思ったのは、彼は帰宅後の施錠を時々忘れるからだ。
気付く度にきちんと鍵を掛けるように注意するのだけど、中々身に着かない。
ドアを開けて「ただいま」と声を掛けようとした瞬間、玄関に自分のものではないパンプスが転がっているのが目に入った。
つま先にリボンのモチーフのついた細いヒールのピンク色の靴。
千紗子なら絶対に選ばないその華奢で女性らしいパンプスは、左右バラバラに横倒しに転がっていた。
―――まるで、慌てて脱ぎ散らかしたみたいに。―――
ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
耳の奥で血液の流れる音がする。
ドアノブを握る手が冷たくなる。
中に入るのをやめてこのまま扉を閉じてしまえば、今見ている景色は消え去っていつもと同じ玄関に戻っているかも。
玄関に踏み出す足を戻して扉をそっと閉めたその時
「入らないのか?それとも酔って家を間違えた?」
ビクっと肩を震わせて横を振り向くと、マンションの廊下を雨宮がこちらに向かって歩いて来ていた。