Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
【番外編2】 男心と春の午後





 彼女を初めて見たのは、まだ寒さの残る三月の終わりだった。





 分館で行われた会議から中央図書館に戻る途中、一彰の目にふとその光景が映り込んできた。

 朝晩の冷え込みに耐えた堅い蕾が、一つ二つとほころびかけた桜の樹の下で、一人の若い女性と幼い少女が絵本を読んでいる。ベンチに座った彼女たちは、楽しげな笑顔を浮かべていた。

 (ああ、あれはうちでも常に回転している絵本だ。)

 職業柄、絵本に目が行くのは自然なことだ。

 絵本を読んで貰っているのは少女は、おそらく三歳くらい。ベンチに座り、時折きゃっきゃと楽しげにはしゃいでいるその笑顔は、春先の冷たい風に一つも負けていない。

 一彰の目が、自然と読み手である女性に向く。

 まだまだ集中して本を読むということが難しい年頃の幼児を、こんなふうに絵本の世界に惹き付けることが出来るとは。一彰は内心で感心していた。

 (ずいぶんと若いけれど、子どもの注意を惹き付けるのが上手いな。母親だからだろうか…)

 微笑みながら絵本を読んでいるその女性は、二十代前半くらいだろうか、長い黒髪が春風にサラサラと揺れ、細い指が丁寧にページを捲(めく)る。

 子どもに向ける優しげな笑顔に、一彰はしばらく食い入るように見入っていた。
 

 数日後、その彼女と思わぬところで出会うことになるとは、この時の一彰には予測だにつかなかった。





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