Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

 しばらくの間、胸の上にいる千紗子を黙って抱きしめていた。

 やがて、「すんっ」と鼻をすする音がした後、おずおずと千紗子が顔を上げる。

 「ごめんなさい…泣いちゃって。」

 「どうして?ちぃが謝ることなんて何一つないだろ?」

 「だって…、市内の分館に移るだけなのに、私、動揺して泣くなんて……」

 言い辛そうにする千紗子の、逸らした目が少し赤くなっている。

 確かに千紗子の言う通り、一彰の異動先は市内にいくつかあるうちの一つの分館で、彼の家から車で十五分ほどだ。他県に出る異動とは違い、引越しもなく、このまま家から通える範囲であることは間違いない。

 だとしても、千紗子の胸には言いようもない寂しさが押し寄せていた。

 千紗子の瞳が再び潤みだしたのを見て、一彰は彼女の頬を両手の平で包み込むと、優しく目を細める。

 「俺は寂しいよ?ちぃと一緒に働けなくなるなんて。」

 一彰の切れ長の瞳は、目じりに掛け少し垂れ気味だ。その瞳を柔らかく細め、眉を下げた彼の表情は悲しげで、彼の言葉が本心であることを千紗子に伝えている。
 
 千紗子の下瞼にみるみる膜が張っていく。

 「泣き虫だな、俺のちぃは。」

 一彰はバリトンの甘い声で囁くと、「ちゅっ」と千紗子の目じりに溜まった滴を吸い取り、そのままリップ音を立てて頬や額やあちこちに口づけを落とす。

 千紗子は黙ったまま眉間に力を入れ、泣くのを我慢していた。
 
 「俺と離れたくなくて、泣くちぃが可愛い。大好きだよ、千紗子。」

 甘い言葉に、千紗子の涙腺が崩れ落ちる。ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を、一彰はいつまでも拭い続けた。
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