Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

 「もし千紗子が不安なら、俺に魔法をかけて。他の人から俺を見えなくするのは無理だけど、俺の方が君のことしか見えない魔法。」

 「そんな魔法、ないもの……」

 そう呟いて一彰を恨めし気に見上げる千紗子に、一彰はにっこりと笑みを浮かべる。

 「あるよ。千紗子だけが使える魔法。毎朝俺にキスをして『好き』って言って。そしたら、その日一日、俺は千紗子以外は女性に見えなくなる。」

 微笑みながら言う一彰に、千紗子は目を丸くする。
 すると一彰は、今度は急に笑顔を消し、細めていた瞳を真剣なものに変えた。

 「ただし、俺にしか効かない魔法だからな。他では試さないように。」

 至極真面目な顔で念を押されて、千紗子はまばたきを数回すると、ぷぷっと堪えきれずに吹き出した。

 「一彰さん限定の魔法?」

 「そう。千紗子だけが使える、な。」

 再度目を細めて微笑む、一彰の顔は柔らかい。眼鏡の奥の瞳が、甘く煌めいている。

 「効果は一日だけなの?」

 「ああ、毎朝かけないといけない。」

 「毎朝?」
 
 「ああ、毎朝だ。少し面倒だが、その分確実に効果がある。」

 「ふふっ、じゃあ、頑張らないといけないわね。」

 千紗子が口元に手を当てて笑い声を漏らすと、一彰はそんな彼女の頬を両手で掬うように持ち上げて、額に口づける。

 「ちぃ、分かってる?」

 濡れたように光る瞳を細めて、眉間を少し寄せて眉を下げた一彰に、千紗子はキョトンとする。

 「毎朝だぞ?これからずっと…」

 「ずっと……、それって、」

 目を大きく見開いて息を詰めた千紗子が、次の言葉を口にする前に、一彰は言った。

 「俺と結婚して、千紗子。永遠に千紗子の魔法をかけ続けてくれないか?」

 千紗子の大きな黒い瞳が、みるみる涙の膜で覆われてキラキラと輝き出す。今にもこぼれ落ちそうなほど、目の中いっぱいに溜めた滴が、くるくると瞳の中で回っている。

 (綺麗だな……)

 一彰はそっとその瞳に唇を寄せた。
< 316 / 318 >

この作品をシェア

pagetop