Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

 「千紗子、返事は?」

 「わ、私でいいの……?」

 千紗子の瞳から溢れ出した涙が、目尻を伝って黒い髪の上に落ちていく。

 一彰は、自分の体の下に千紗子を閉じ込めたままだということを思い出し、苦笑いを浮かべた。

 千紗子の腕を引き、一緒に起き上がると、彼女をソファーの上に座らせ自分はソファーから降りる。
 そして千紗子の前に膝をつくと、そっと千紗子の二つの手を、下から掬うように包み込んだ。

 「千紗子が欲しい。」

 真摯な瞳で見上げられ、千紗子の胸がきゅうっと甘く切なく締めつけられる。

 「千紗子以外に永遠を誓いたい人なんていない。本当はこんなに性急にプロポーズをするつもりじゃなかった…。きちんと段階を踏んで、然るべき時に、と思っていた。…けれど待てなかったんだ。これから別々の職場で働くことに不安なのは千紗子だけじゃない。俺だって君のことを他の男が見るのは気に入らない。俺は千紗子のことになると嫉妬深いし、こんなふうに自制も効かない。全然大人の男じゃないんだ。……千紗子は、こんな俺じゃ嫌か?」

 千紗子は大きくかぶりを振る。

 「千紗子の残りの人生を俺に預けて欲しい。絶対に幸せにするから。」

 次々と絶え間なくこぼれ落ちる涙を拭いもせずに、千紗子は濡れた瞳を細めると、キラキラと光をまとった宝石が輝くような、絶世の笑顔を見せた。

 「はい。私も一彰さんを絶対に幸せにします。ずっとずっとあなたに魔法をかけ続ける。だってこれからずっと、一彰さんを独占していいんでしょ?」

 「もちろんだ。魔法なんてなくても、俺が永遠に千紗子のものであることに変わりはないけどな。」

 一彰は眩しげに千紗子を見上げ、微笑んだ。胸いっぱいに、言い表せないほどの多幸感が満ちる。

 千紗子の体を抱き締め、彼女の頬に伝う涙を唇で拭うと、その滴で濡れたままの唇をそっと彼女のものに重ねた。
 
 足りないものは何もないほどの、満ち足りた春の午後。二人の姿は穏やかな春の陽射しに包まれていた。



    (了)
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