Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
 (さっきから私のことをばかり…)

 雨宮の口から出るのは、どこまでも千紗子のことを案じるものばかり。
 自分本位の欲望から出る言葉は一つもなかった。

 雨宮が好意を告げたのも、彼が言っていた通り「誤解されたくないから」ということが真実なのだと分かる。

 (雨宮さんの真摯な態度に、きちんと応えないと。)

 意を決した千紗子は、雨宮のゆるい腕の中で、クルリと身を反転させた。

 突然自分の方を向いた千紗子に、雨宮は驚き目を丸くする。
 本人の意思など無視して後ろから抱きしめていた相手が、こちらを向いて自分を見上げたのだ。
 思いも寄らぬ千紗子の行動に、彼は瞳を揺らして彼女を見下ろした。

 「雨宮さんが私のことを本当に気遣ってくださっているのは分かります。でも、このままでいるわけにはいきません。」

 腕の中で雨宮を見上げている千紗子の瞳には迷いがない。

 「今この時間にはおそらく彼は仕事に行っているので家には居ません。だから今のうちに家に戻って、私に出来ることをしたいんです。」

 「出来ること?」

 「はい。正直、彼とこれからも一緒に居れるかは分かりません。昨日のこと、私には許せることじゃないから…」

 一瞬、千紗子の瞳が揺れる。雨宮は彼女がまた泣き出してしまうかと思った。
 
 けれど、すぐに輝きを取り戻した瞳で千紗子は雨宮を見る。

 「どうなるかは分かりませんが、このまま逃げ続けるわけにはいかないんです。」

 ハッキリと強い口調で告げる千紗子に、雨宮の目は釘づけになる。
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