命の記憶
「はい、今日はありがとうございました」

 私はまだ少し敬語が抜けなさそうだ。

 内心申し訳なさを感じながら、玄関で新しいお父さんを見送る。

 玄関のドアが閉まる音と共に緊張が消えた。

「ことね、今日は急にごめんね」

 お母さんが申し訳なさそうにしている。

 今まで誰かと付き合っているとか再婚するとか、そんな話は1度も聞いたことがなかった。

 だからきっとお母さんも困っていたんだろうな……

「大丈夫だよ。それに、私はあの人が新しいお父さんでもいいかもしれない」

 そう言うとお母さんは安心してくれた。

 私はお母さんの再婚のことばかり考えていて、こうちゃんのことをすっかり忘れてしまっていた。

 それからお母さんの再婚の話はトントン進んでいき、一緒に暮らすことも決まった。

 住む場所は私が転校することにならないよう、学校からそんなに遠くない場所。

 お母さんは今の家を解約し、仕事を辞めて近くでパートを探すことにした。

 そしてあの日以来こうちゃんに会うことなく引越しの日。

 別れの言葉も、自分の気持ちも、伝えることは出来なかった。
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