命の記憶
 何も考えずに昇降口で靴に履き替え、外に出た。

 そのまま無心で歩き、昇降口から校門までの道のりのうち、半分ぐらいを過ぎた時だった。

「待って」

 後ろから声をかけられる。

 停止させた頭ではその声の主が誰なのかわからず、私は恐る恐る後ろを向いた。

 そこには息を切らせたこうちゃんがいた。

「ごめん、俺のこと、こうちゃんって呼んでくれたのが気になって。
俺とどこかで会ったことあるの?」

 会ったことあるの、か……

 やっぱり私のこと忘れちゃったんだ。

「ごめんなさい、人違いでした」

 顔を見られただけでもう十分だ。

 こうちゃんは今日声をかけてきた女の子のこともきっとすぐに忘れてくれるだろう。

 もうこうちゃんのことはこれっきりにしよう。

 そう自分に言い聞かせ、こうちゃんの前から立ち去ろうとした瞬間、涙が溢れ始めた。
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