天満つる明けの明星を君に【完】

秘密の暴露

駿河と離縁して天満と夫婦になれるかもしれない――

束の間幸せな時を過ごした雛菊は、必ず一度は駿河と暮らしている宿屋の最上階にある居住区に戻って家の手伝いもこなしていた。

階段を上がって最上階に着いた雛菊は、引き戸を開けるなり目の前に立っていた駿河にぶつかって強打した鼻を押さえながら涙目で見上げた。


「だ、旦那様」


「お帰り雛菊。私が家に戻って来ていてはおかしいかい?」


「!?いいえ、そんなこと思ってません…」


「中へお入り。毎日行き来を繰り返してさぞ疲れただろう?たまにはゆっくりしなさい」


――駿河は、普段はとても優しい。

だが一旦感情が振り切れると手もつけられない暴君になり、その度に身体中に痣を作ってきた。

そういう気性であることは姑もよく理解していたため、駿河が暴れ出すと姑はそれを止めることなくよそへ避難して知らん顔をしていた。


「主さまはたいそうお美しかったね。まさかお前と幼馴染とは知らなかったよ」


「幼馴染だなんて…。一度しかお会いしたことはなかったんですけど、ああ言われると嬉しいものですね」


茶を出されて久しぶりに駿河との穏やかな時を過ごせて緊張から解き放たれたが――

駿河は糸のように細い目をさらに細めて微笑み、雛菊の肩を優しく抱いて引き寄せた。


「旦那様…?」


「雛菊…そろそろ子作りを再開しよう」


「…え…」


「何かおかしいかい?私たちは夫婦だし、もう何年も子を望んでは悲しい思いをしてきただろう?子が流れてからもうどのくらい経つ?そろそろいいんじゃないかい?」


雛菊の目に恐怖の光が瞬くと、駿河は雛菊の肩を抱いている手にぐっと力を込めて痛がらせた。


「旦那様…私はもう…」


「私はもう…なんだい?まさか主さまや、まさか天満様に心移りでもしたというのかい?…夫の私が居ながらかい?」


――こう矢継ぎ早に問い質してくるのは、駿河が豹変する前触れだ。

恐怖で身体が動かなくなると、駿河は思いきり雛菊の右肩を掴んで――鈍い音を立てて骨折させた。


「きゃ、ぁ…っ!!」


「逃がさないよ、雛菊…!お前は私が苦労して手に入れた宝物なのだから…!」


息を荒げる駿河に覆い被さられて、ただただ怖くて動けなかった。

だが天満の顔が頭に浮かび――拒絶だけはし続けなくてはいけないと勇気を振り絞って声だけは上げ続けた。


「やめて下さい…っ!」


「やめない…絶対にやめないぞ!」


頬をぶたれ、骨折した右肩を掴まれて声にならない悲鳴を上げる中、帯を解かれた。

それでも声をなんとか上げ続けた。

屈さないために。
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