天満つる明けの明星を君に【完】
居住区に繋がる戸は施錠されてあったが、刀を抜いた天満はそれを軽く横に薙いで紙のように切り落とした。

『また我らの使い方が違うようだが?』


「お前たちの出番はすぐ来るかもしれない。ちょっと黙ってて」


珍しく低い声で諫めてきた天満の静謐な怒気に二振りの刀――妙法と揚羽はすぐ黙り、内部に乗り込んだ天満は雛菊の気配をすぐ傍に感じてきょろりと辺りを見回した。

…駿河の気配はない。

逃走したのだろうが、今は駿河より雛菊の無事を確認しなければならない。


「雛ちゃん…雛ちゃん、居たら声を………雛…ちゃん…」


奥へ奥へ入って行った天満は――床に投げ出された一糸纏わぬ雛菊を見つけて、言葉を失った。


その身体には無数の赤黒い痣ができていた。

頬も赤く腫れていて、意識がないのかぴくりとも動かない。

まさか死んでいるのかと唇を震わせながら膝を折って首筋に指をあてると、僅かながら脈があり、着ていた濃紺の羽織を素早く脱いで雛菊を包み込んだ天満は、すっと立ち上がって歯を食いしばった。


「…許さない…」


これは夫婦の情事ではなく、圧倒的な暴力であり、凌辱だ。

恐らく雛菊は抵抗して、駿河はそれに逆上して、こういう結果になったのだろうが…

それにしても命を落とす寸前まで痛めつけておいて逃走するなど――あってはならない。


「雛ちゃん…帰ろう。もうここに居ちゃ駄目だ」


「………天…満…様…」


「…うん。もう安心していいよ、家に着くまで目を閉じていて。…来るのが遅れてごめんね」


「……来て…くれた…」


腫れた目は閉じられていたが、瞼からみるみる涙が滲み、指で掬ってやった。


「当然でしょ?すぐ手当てをするからね。泣くと傷に沁みちゃうから、あともうちょっと頑張れ」


「…うん…」


事切れるように気を失った雛菊を抱えて足早に階段を降りた。

途中駿河の母と鉢合わせになったが、顎を引いた天満の表情が少し長い前髪で隠れて分からなかったにも関わらず、吹き出す殺気と怒気に腰を抜かして目を見開くばかりだった。


「…女将、若旦那はどこに?」


「あ…あ…、息子は…その…」


「ああ間違えました、言わなくていいですよ。僕がどこまでも追いかけて…」


それ以上は敢えて言わなかった。

今は一刻も早く雛菊の手当てを。

宿屋を出ると急いで空を駆けて、家を目指した。
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