天満つる明けの明星を君に【完】
口の中に物が入っている間は、天満は絶対に喋らない。

これは家訓のようなものであり、鬼頭家の者は全員そうであると知っていた雛菊は、すまし汁を嚥下したのを確認して、声をかけた。


「美味しい?」


「うん、ここを発ってからずっと何も食べなかったから余計に美味しいよ」


「良かった。それで…あの…旦那様は…」


そろそろ訊かれると分かっていた天満は、箸を置いて膳を脇に避けた。

そして正座をして居住まいを正すと、再び雛菊に頭を下げた。


「ぎりぎりまで追い詰めたんだけど、若旦那は谷底に落ちてしまったんだ。死んだのを確認しようとした所でまた違う敵に襲われて…」


「え…っ、違う敵って…大丈夫だったの!?」


「うん、若旦那と行動していた集団とはまた違う集団で…ああ、この話は別にいいか。とにかく死んだのは確認できなかった。ごめんね、ここまで連れて帰りたかったんだけど、若旦那は…‟闇堕ち”してしまったから、その時点でそれは無理だと判断してこの手にかけるしかないと…」


「闇…堕ち…」


短期間の間に人を食い続けると、自我を失って狂暴になり、人妖見境なく襲いかかるという状態に陥ることは、話には聞いてはいたが――駿河がそうなったと聞いて、雛菊は青ざめた。


「旦那様…」


「…最後まで君に執着してたよ。だけど若旦那の口からはっきりと僕は聞いたんだ。若旦那が雛ちゃんの父親を殺したことを」


――それまでほとんど表情がなかった雛菊の目にみるみる涙が浮かび、顔をくしゃりと歪めて両手で隠した。

物心つく前に母を失い、そして親孝行もできないまま父を失い、失意の果てに大店のひとり息子に縁談を持ち掛けられて、縋るしかなかった今までの人生――


最後まで好きにはなれなかったけれど――幸せだった時は確かにあった。


「ありがとう…天満様…」


「…うん」


泣く雛菊の肩を抱き、背中を摩ってやった。

できることは、それ位しかなかった。

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