天満つる明けの明星を君に【完】
早朝戻って来た朔を出迎えた天満は、この後朔が風呂に入った後朝餉を食べて眠る流れを知っていたため、息吹の手伝いをしながら機会を窺っていた。

元々ここへ戻って来たのは、鬼陸奥の宿屋を再開させるための資金を朔から借りることへのお礼を直接言いに来たからだ。

毛倡妓と話すこと自体苦痛ではないが、雛菊の一歩を促すために毛倡妓を惑わせてしまうことへの申し訳なさがあり、風呂から上がってきた朔の袖を引っ張って縁側に一緒に座った。


「どうした?」


「ええと、雛ちゃんが来てから…」


相変わらず美しい朔の横顔を穴が開くほど見ていると、朔ははにかんで天満の頬をぐいっと押して顔を逸らさせた。


「穴が開くからやめろ」


「朔兄、ちゃんとお礼を言いたいから茶化さないで下さい」


すったもんだしていると雛菊が居間に来たため、呼び寄せた天満はきちんと正座して雛菊もそうしたのを横目で見ると、深々と頭を下げた。


「今回宿屋を再開させるにあたって資金の融通してもらえるとのことで、ありがとうございます」


「あ、ありがとうございます」


――本来資金を借り受けるのは雛菊の方であり、天満に先導されてしまって慌てて頭を下げた。

朔は茶を飲みながらふたりの顔を茶を飲みながら見て、少し頷いた。


「天満たっての頼みだし、雛菊の門出にもなる。別に大した金額じゃないし、それで新たな人生をやり直せるなら安いものだ」


「僕も雛ちゃんを手伝いたいと思ってます。いいですよね?」


「それは鬼陸奥に長居するということか?」


「そう…なりますけど…え…駄目ですか?」


「……いや?まあ頑張れ。俺も近いうちに泊まりに行く」


妙な沈黙は、わざと作った。

天満が鬼陸奥に長居するわけではないと暗に雛菊に示したかったのだが――その効果はてき面だった。

雛菊の可愛らしい顔は曇り、思わず天満に袖を握って離さない様に、朔は内心してやったりで、ちらほら雪が降り始めた庭を眺めた。
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