天満つる明けの明星を君に【完】

最期の約束

「雛菊…どうしてこっちを向いてくれないんだい?迎えに来たよ」


――何かがおかしかった。

暴力を振るわない時の駿河はいつも猫撫で声で、落ち着いた話し方をする。

だが駿河は‟闇堕ち”したはず…

どす黒い妖気を纏い、正気を失い、人も妖も関係なく襲いかかると天満から聞いていたのに――


「ああまたこの結界か…こんなもの…」


背後からばりばり、と雷鳴のような音がして、からくり人形のようにぎこちなく首を動かして振り返った。

どんな姿をしているのか?

どんな目で見られてしまうのか?


「私はお前を迎えに来ただけなのに、こんな結界を張るだなんて…天満様は酷いお方だ」


「…!駿河…さん…?」


「なんだいその他人行儀な呼び方は。いつものように旦那様と呼んでおくれ」


――駿河と目が合った。

その姿は――糸目をさらに細めて微笑み、ゆっくり近づいてきた駿河は――普通の姿ではあったが、天満の結界により全身焦げて怪我だらけだった。

‟闇堕ち”するとその姿すら変異するはずなのに、駿河は普通の姿で、今までの出来事などまるでなかったかのようにして近付いてきた。


「駄目…駄目…来ないで…っ」


「…?雛菊……お前その腹……」


大きな目をさらに見開いて首を振りながら拒絶を繰り返す雛菊の腹をじっと見つめた駿河は――突然頭痛を感じて額を押さえた。


「私は一体…雛菊…その腹は…私の子…なんだね?」


「ち…違います…この子は…っ」


「違わないはずがない。雛菊…ああ、ようやく私との子を孕んだんだね?そんな時に傍に居てやれなくてごめんよ。実はここ最近の記憶がすっぽりないんだ。私は一体どうしたんだろう?」


全身に悪寒が走って膝から崩れ落ちそうになった。

それでもなんとか腹を抱えて耐えていると――

駿河の目が、じわじわ赤くなって――みるみる血に濡れていった。
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