天満つる明けの明星を君に【完】
いつものように朔と手合わせをしていると、その光景を見ていた十六夜が朔を呼び寄せた。


「なんですか?」


「朔…蔵の鍵をやる」


――蔵の鍵を持つことが許されているのは当主だけであり、今まで朔も天満も蔵には入ったことがなかった。

蔵の中には今までの当主が書いてきた文献や書物が全て収められているため、当主になる前はあらかじめとりあえずは百鬼夜行を始めた初代の当主が書いた書物だけ読むようにと代々の当主は先代に告げられていた。


「いいなあ、僕も見たい」


「差し障りのないとこだけ後で教えてやるから」


はあい、と返事をした天満の頭を撫でた朔は、そのまま十六夜に連れられて蔵の方へ行ってしまった。


「雪男はあそこに入ったことある?」


「ねえな。主さまも数えるほどしか蔵には入ったことがないはずだ。さ、そんなことはいいから用意を手伝ってくれ」


代替わりには様々な準備が必要で、特に現当主の十六夜と百鬼の契約を交わしている妖たちを全て呼び寄せなければならないため、息吹や雪男は文を書いたり縁者たちに代替わりすることを伝えるため大忙しだった。

もう嫁に出てしまったのだが、長女の如月より下にも大勢の弟や妹たちが産まれていて、家族総出で朔を祝うために大わらわ。


そうこうしているうちに夜になり、それでも朔は戻って来なかった。

さすがに心配した天満が蔵の近くまで行くと、中には朔の気配がして、まだ居るのは分かった。


「ずいぶん時間がかかるんだな…」


中に入ることは禁じられているため、そのまま母屋に戻った天満は雪男と酒を飲みながら朔を待った。


――だが朔は翌日の夜まで戻って来なかった。

そして朔が戻って来た時――あまりの悲壮感に、天満は朔に駆け寄った。
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