天満つる明けの明星を君に【完】
その集落は、鬼陸奥と呼ばれていた。

鬼族が多く住む集落で、治めているのも鬼族の一族のため、十六夜、息吹、朔、天満の四人で鬼陸奥に乗り込んだ一家は、あっという間に注目を浴びてしまい、人見知りの天満はずっとおずおずしていた。


「お前の家はずっと奥にある。町と呼べるここからはだいぶ離れているから心配するな。棚田があって、そのずっと奥だ」


「田舎なんですね?良かった、僕都会なのはちょっと」


「そう言うと思った。何か困ったことがあれば、ここまで下りて来て治めている者に相談しろ。そこの宿屋の主が領主だ」


「ふうん…」


宿屋に飯屋、雑貨屋に遊郭――町へ下りればなんでもある。

ただ――そこかしこから女たちの熱視線に晒されて、平気な朔とは対照的に、天満は目を合わせないようにずっと俯いていた。


「早く通り過ぎましょう。早く早く」


天満の少ない私物と空を飛べない息吹は、朧車に乗って先に鬼陸奥の天満が住む家へ到着していた。

十六夜は息吹以外の女に興味がなく、さっさと先に行ってしまっていて、天満は速足で追いかけて腰の左右に差している刀の鞘になんとなく手を置いていた。


「領主には挨拶しなくていいんですか?」


「こちらから行く必要はない。あちらの方が格下だからな」


鬼族は縦社会――

父の言うことは絶対なため、天満は口を挟まず後をついて行き、だんだん景色が変わっていく様を感じていた。

棚田と言っても、人のように食べ物を口にする者は少ないため、実際米を植えたりはしていない。

雑草が生えれば刈り取る位なもので、鬼陸奥の繁華街からかなり歩いた場所の最奥に、その家はあった。


「大きい…僕ひとり住むのにもったいなくないですか?」


「威厳というものがある。お前は鬼族ひいては妖を統べる一族に産まれた男だ。何もかも大きいに越したことはない」


「そんなものですか…。分かりました。じゃあ早速荷解きをしましょう」


家の前にはすでに朧車が止まっていて、息吹の姿も見えた。


楽しい生活になるといいな――

漠然とそう思いながら、母に駆け寄った。
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