天満つる明けの明星を君に【完】
天満に目を閉じていてと言われたものの、雛菊は老婆を危害の及ばない場所まで誘導させると、両手で顔を覆うふりをして指の隙間から天満を見ていた。


――天満は猫の俊敏さで鋭い爪を振るってくる山猫の攻撃をまるで先読みしているかのように全て避けて、二振りの刀で指先をちょんと突いて爪を全て丸くしていた。

そんな芸当はとてもできることではなく、攻撃しないことで山猫の心変わりを期待している様がありありと見て取れた。


「俺の!爪が!」


「次はその牙で向かって来るのか?山猫、悪いが力の差は歴然としてる。僕はお前を殺したくない。お前もこれ以上人を殺さず……」


天満が急に飛び退った。

息を殺してその様を見つめていた雛菊は、山猫の身体が大きく膨張して縞々の橙の大きな猫に変化したのを見て悲鳴を上げかけたが、天満は静かに山猫を見上げていた。


「堕天…したのか」


「ぐるるるるぁ!」


…こうなると、もう言葉は通じない。

無差別に人や妖を襲い続けるようになってしまうため、もう説得は無理だと判断した天満は、肩越しにちらりと雛菊を振り返った。

雛菊はさっと指を閉じて視界を塞ぐと、天満はまた前に向き直ってだらりと下げていた腕に力を込めた。


「楽にしてやる。一瞬で済むから、痛くない。安心して」


ひゅっと風の鳴る音がした。

兄弟随一で疾風のように動ける天満は山猫に猛追して、一振りの刀で首を切断したと同時に、二度を息を吹き返さないようもう一振りの刀でがら空きになった胴体を真横に薙いで一刀両断した。


あっという間の出来事で、断末魔の悲鳴もない。

まるで斬られたことに気付いていないかのようにしばらくしてから鮮血が噴き出すと、天満の頬にぴぴっとついた。


「人を食っちゃ駄目だ。そうすれば、僕たちは共存できる。どうして人を食ったんだ…?」


山猫の前で屈んだ天満は、その大きな目に手をあてて瞼を閉じさせた。


「天満様…」


雛菊は全てを目撃して――

天満のあまりにも苛烈で華麗で美しい戦闘に、終始見惚れていた。

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