天満つる明けの明星を君に【完】
食事を残すのは失礼にあたる。

実家で暮らしていた時も、必ず皆で全ての皿を空にしていた天満は、時間をかけて美味しく頂いて感謝していた。

これを用意するのにきっと苦労したはず。

だからせめて残さずに食べるのが礼儀というもの。


「天満様、お酒をどうぞ」


「ありがとう。あれだよね、僕たちが鬼と分かってからさらにお酒を追加してくれたよね?困ったなあ…もてなしてもらうつもりはなかったんだけど」


「私も手伝うからお酒も空にしちゃお」


「ははっ、そうだね、じゃあ飲んじゃおうか」


鬼族は酒にとことん強く、しかも美味しく頂ける。

天満は外見こそ優男風だが酔ったことはほとんどなく、ぐいぐい飲み続けた。


「明日早朝に発とう。若旦那が心配してるだろうから真っ先に送り届けるからね」


「…帰りたくないな…」


「え?」


「天満様、あの…」


意を決した雛菊が顔を上げると、天満はまっすぐ見つめ返して雛菊を動じさせた。

急に決意が萎んでしまい、何か話題転換をしなければと必死に考えた雛菊は、少しだけ本音を語った。


「私ね、家族が欲しかったの」


「うん。過去形なのがちょっと気になるけど」


「…でもね、身籠っても流れちゃって。それが何度も続いちゃって…お義母様から冷たくされるようになったの」


「…うん」


「旦那様は必死に庇ってくれたの。自分だけは味方だよって優しくしてくれたの。でも私…針の筵で…」


天満は盃を置いて俯いた雛菊の背中を黙ったまま撫でてやった。


…雛菊に暴力を振るいながらも優しくしてくれるという駿河――

それは暴力を振るう者の典型的な行動で、雛菊は恐らく洗脳状態にある。

暴力を振るわれるけれど、その後はいつも以上に優しくしてくれる――駿河はそうやって自分だけは味方だと思わせているのだろう。


――味方を増やしてやらなければ、と思った。


「雛ちゃん。僕が鬼陸奥に来たからには君の環境を変えることも役目だと思ってる。だから僕に任せてくれないかな」


「…天満様…」


「大丈夫。僕を信じてほしい」


疑ったことなんてない。

雛菊はゆっくり頷いて袖で涙を拭った。

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