天満つる明けの明星を君に【完】
湯に浸かってから初っ端――朔に‟どこまでいった?”と訊かれた天満は、言葉に詰まっていた。

夫の居る身の女に手を出しかけたことを知られてしまったら、きっとものすごく怒られてしまう。

それが怖くて逃げ惑っていたのもあったのだが…

朔は天満の肩を抱いてにっこり笑顔で顔を寄せた。


「怒らないから言ってみろ」


「…それ言った後に怒るやつじゃないですか…」


「怒らない怒らない。つまり今のお前の反応で何もなかったということがないというのは分かった」


うっと声が出てしまった天満は、本当にこの兄が大好きで仕方なくて、だからこそ怒られたくなくてじっと朔を見つめた。

こういう時、朔は急かさない。

じっくり考える時間を与えてもらった天満は、両手で顔を覆ってか細い声で白状した。


「その……口付けを…」


「…それだけか?」


「えっ、どういう意味…」


「俺はてっきりもう抱いたのかと」


「まさか!違います!夫の居る雛ちゃんをだ…抱くなんて!無理!」


密かにため息をついた朔は、それでも天満が一歩前進していることに安心しつつ、拳でこつんと後頭部を軽く叩いた。


「踏み止まったのが正しいかどうかは、これから分かるが…なんだ、その程度か」


「僕は間男になるなんて絶対嫌です。家のことや朔兄に迷惑をかけることを考えたらそれ以上どうしてもできなくて…」


「じゃあ問うが、お前は雛菊を好いているんだな?」


天満は、髪から滴る水滴を指で拭いながらこくんと頷いた。


「ごめんなさい」


「謝る必要はない。天満…雛菊もお前を好いている。だが雛菊は好いてもない男と夫婦になって苦しい思いをしている。夫に秘密があり、俺に助けを求めて来た。俺はそれをお前に託すから、秘密を暴いて正式に離縁させて、雛菊に想いを告白しろ」


「か…簡単に言うなあ…」


「お前ほどいい男だったら返事は決まっている。堂々と胸を張れ」


背中をばしっと叩かれて発破をかけられた天満は、夫に秘密があると聞いて目を光らせた。

朔は、これを待っていた。
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