天満つる明けの明星を君に【完】
朔に全身丸洗いされて血の匂いもきれいに消えた天満は、風呂から上がって朔に背中を押されながら居間に入った。

するとひとり分の料理が作られていて、それを見た途端ここ数日ほとんど飲み食いせず戦い続けていたため、猛烈に腹が減った気がしてすぐさま料理の前で正座した。


「食べて…いいの?」


「うん。主さまが天満様が戻って来るはずだって仰ったから、用意してたの。食べて下さい」


「頂きますっ」


魚の煮つけや豚の角煮など、大好物の料理ばかりが並べられていて、皆が微笑ましく見守る中天満はそれらをすべて平らげて、朔から口の端についた滓を乱暴に拭われていた。


「十分食った後は十分寝ろ。お前に伝えたいことは全て伝えたから、もう帰る」


「ま、待って朔兄…。もうちょっと居るわけにはいきませんか…」


「うーん…まあ…できなくはないな」


「どうやればできますか?」


「こっちに百鬼を呼び寄せればいいだけの話。この辺ちょっと騒がしくなるけど、それでもいいなら」


――京より北は、よほど厄介な事案でなければなかなか足を延ばすことができない。

だから天満に任せたのだが…目をうるうるさせながら見つめられると、弟に激甘な朔も無下に断るわけにはいかず――いや、むしろ一緒に居たかった。


「いいですよ、僕もみんなに会いたいから」


「じゃあ一日だけ滞在する。雪男、お前は今から戻って皆にこっちへ来るよう伝えてきてくれ」


「了解」


「風神に頼んで風を熾してもらえばすぐ着くはずだ。頼んだぞ」


これに俄然天満は喜んだのだが――

雛菊は妖を統べる立場の朔が一日だけでも滞在するとあって緊張して冷や汗をかいていた。


「好き勝手させてもらうが、俺は手がかからないから心配するな」


「は、はあ…」


「あと一目だけでもお前の夫に会わせてくれ。姑の方にはもう伝えてあるんだが、いつ会えるのやら」


「朔兄、鬼陸奥を案内します。早く早く」


腕を引っ張り回された朔が天満に連れ去られると、雛菊は早速掃除を開始しつつ、ほっと胸を撫で下ろした。


天満が戻って来た――

父のことはともかく、それが嬉しくて掃除に精が出た。
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