天満つる明けの明星を君に【完】
夜明け前に鬼陸奥の家へ戻って来た朔は、早速天満と一緒に風呂に入ってきれいさっぱりになると、雛菊が作ってくれた朝餉をゆっくり食べて天満の部屋で横になった。


「俺に何かあった時の場合はお前に次の当主を頼むべきかな」


「いやいや、僕は人見知りするのでやめておいて下さい。その時は輝兄がきっと帰って来ますから」


「そうか?あいつは…やらなければならないことがあると言っていつもふらっと帰ってきてはいつの間にか居なくなってしまうから」


「言っておきますけど、朔兄に万が一なんてあり得ませんからね。かと言って油断はしないで下さい。僕たち弟妹たちがちゃんと後方から補佐しますから」


うん、と頷いた朔は、天満と向かい合って同時に欠伸をした。

うとうとしつつも会話が弾んで微睡みながらなお話をしていると――部屋の隅に座った雛菊は、そんなふたりを飽くことなく見つめて両手を合わせて拝んでいた。


「ちょっと雛ちゃん。どうして拝んでるの?」


「だってこんな眩しい光景なんて見る機会ないから…」


「いや、あるかもしれない。夫と離縁して天満と夫婦になれば…」


「!ぬ、主さま!からかわないで下さい!」


とうとう睡魔に負けてしまった朔がこてんと寝てしまうと、天満も次いでもそっと朔に身体を寄せて寝てしまった。

あまりにも眩しく、あまりにも微笑ましい光景に、雛菊は相変わらず拝んだままにじり寄ってふたりの寝顔を覗き込んだ。


「可愛い…。こうして見ると主さまと天満様って似てる」


朔も天満もやわらかい印象だが、いざ刀を握ると羅刹の如く表情になる。

その差にどきっとすると共に、先程朔に言われたことが頭の中で鐘の音のように鳴っていた。


「離縁…」


できるだろうか?

あの独占欲が強くて嫉妬心の強い夫と別れるなんて、本当に?


「天満様…」


好きです、と伝えたい。

そうするには様々な障害を乗り越えなければならないけれど、きっとそれは――

とても価値のあることだろう、と思った。
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