天満つる明けの明星を君に【完】
数時間後、結界のすぐ傍で何者かの気配を感じた天満が目を開けると、すでに朔は起き上がっていてじっと庭の方を見ていた。


「誰だろう…」


「駿河だろうな。天満、寝癖を直せ。顔を洗った後庭に通せ。家の中には入れるな」


「立ち話でいいんですか?」


「ちょっと威嚇するだけだから長話するつもりはない。ほら行くぞ」


台所に置いてある水瓶で顔を洗った後居間に行くと、緊張した面持ちで正座していた雛菊が見上げてきた。

つられて天満も緊張したが、ほとんど緊張することのない朔は雨戸を全開にして庭の外で佇んでいる目の細い男を見つめた。

すると駿河は明らかに肩を揺らして恐れたが、朔は天満を振り返って顎で上げて合図をした。


「おはようございます若旦那、庭に入っていいですよ。朔兄に会いに来たんですね?」


「え、ええ…私を捜していると母から聞いたので…」


――朔は言葉を交わすでもなく、ただじっと駿河を見ていた。

その目には星のような妖気の光が瞬き、引き結んだ唇はただただ美しく、顎を引いて少し上目遣いで見つめられると、同性と言えど胸が高鳴って屈服してしまいそうになった。


「ひ…雛菊は居ますか」


「居ますけど、朔兄、何か言うことがあるんじゃないんですか?」


天満に問われた朔は、特に駿河と話をしたいわけではなかったため、縁側に座ったまま腕を組んで少し遠い所に立って近付いて来ようとしない駿河ににこっと笑いかけた。


「雛菊は俺たちの幼馴染だから、幸せに暮らしているのか気にかかっていた。これからもよろしく頼む」


「は、はい」


低く艶のある声にぞわりとした駿河は、居間の奥の方で正座して動かない雛菊と目が合うと、手招きしようとした。

だが朔がそれよりも早く立ち上がり、駿河の視線を奪った。


「言いたかったのはそれだけなんだ。足労をかけたな」


それだけかと内心訝しんだ駿河が頭を下げて踵を返した時――朔が思い出したようにまた声をかけた。


「最近よく外出しているようだが、家のことか?」


「っ!そ、そうですよ、それ以外…何があるというのですか…?」


「そういう話を聞いただけだから気にするな」


…恐怖に怯えた表情をした。

朔はそれで懸念していたことが事実であることをはっきり確認して、これ以上の会話を遮断するように障子を閉めた。

後は天満に託す。

この弟を今以上強い男にするために。
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