略奪宣言~エリート御曹司に溺愛されました~
美郷は後悔していた。
こうやって誰にも邪魔されない密室で、匠海とふたりきりになってはいけなかったと。
なぜ自分は、送ると言い張り頑として譲らなかった匠海を、もっと精一杯拒否しなかったのかと。
このままでは、張りつめた“平穏”という名の均衡が崩れてしまう予感がした。
自分からは手を出せない呪縛は、動き始めた前向車両に気づいた匠海のほうから不意に解かれた。
美郷からすっと視線を外した匠海は、ゆっくりと車を発進させる。
途端に弛緩した身体の緊張に、心臓が高速で脈を打ち出した。
けれど安心したわけではなかった。
何かがほんの少しずつ動き出したような、そんな不安に襲われる。
そんな美郷の心境を知ってか知らずか、匠海の横顔はふっといつもの軽やかな笑みに戻った。
「美郷ちゃんが今、凄く困ってるのもわかってるよ。
今だけじゃない。俺が君に想いを伝えるたびに、心苦しく断ってるのも知ってる」
だったらもう私を困らせないでほしい、とは言えなかった。
匠海の気持ちを知りながら、彼を傷つけているかもしれない罪悪感が、完全な拒否をさせなかった。