【医者恋シリーズ3】エリート外科医の蜜甘求愛
十二時間前――。
「ありがとう。その気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ」
ノンフレームの向こうにある目尻を下げて、椎名(しいな)先生は穏やかに答える。
「あ、はい」と答えながら、これはどういう解釈をすればいいのだろうかと戸惑っていた。
椎名先生がいつも通りほんわかとしているから、よくわからない。
「中条(なかじょう)さんも、身体には気を付けて、仕事頑張って。また、どこかで会うことがあれば、よろしくね」
「あ、はっ、はい……」
また、どこかで会うことがあれば?
返事をしながら、言われた言葉を頭で復唱していた。
『メディカ新薬工業』に勤めて丸五年。
私――中条雪音(ゆきね)は、製薬会社でMRとして働いている。
MRとは、医薬情報担当者といい、医療従事者の元を訪れ、医薬品の適正な使用のために有効性や安全性など、日夜様々な情報を提供している。
また、情報の伝達や収集を行いながら、自社製品の案内なども行う。
平たく言えば病院を回り、ドクターや薬剤師などの御用聞きをするような仕事だ。
当たって砕けた……完全に終わったわ……。
分厚いファイルと手帳を抱え、とぼとぼと病院の出口から乗ってきた社用車に向かう。
三十分も停めていないのに、炎天下の中に駐車していた車は蒸し風呂になっていた。