【医者恋シリーズ3】エリート外科医の蜜甘求愛



十二時間前――。


「ありがとう。その気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ」


ノンフレームの向こうにある目尻を下げて、椎名(しいな)先生は穏やかに答える。

「あ、はい」と答えながら、これはどういう解釈をすればいいのだろうかと戸惑っていた。

椎名先生がいつも通りほんわかとしているから、よくわからない。


「中条(なかじょう)さんも、身体には気を付けて、仕事頑張って。また、どこかで会うことがあれば、よろしくね」

「あ、はっ、はい……」


また、どこかで会うことがあれば?

返事をしながら、言われた言葉を頭で復唱していた。

『メディカ新薬工業』に勤めて丸五年。

私――中条雪音(ゆきね)は、製薬会社でMRとして働いている。

MRとは、医薬情報担当者といい、医療従事者の元を訪れ、医薬品の適正な使用のために有効性や安全性など、日夜様々な情報を提供している。

また、情報の伝達や収集を行いながら、自社製品の案内なども行う。

平たく言えば病院を回り、ドクターや薬剤師などの御用聞きをするような仕事だ。


当たって砕けた……完全に終わったわ……。

分厚いファイルと手帳を抱え、とぼとぼと病院の出口から乗ってきた社用車に向かう。

三十分も停めていないのに、炎天下の中に駐車していた車は蒸し風呂になっていた。

< 4 / 110 >

この作品をシェア

pagetop