Chinese lantern
序章
 しとしとと雨が降っている。
 古びた堂の中で、輝血(かがち)は香炉に火種を落とした。
 次いでとっておきの香木を取り出す。

 雨の日は香がよく薫る。
 雨の音を聞きながら香を楽しむのも風情があろう。

 ゆったりと薫りだした沈香を吸い込んで、輝血は目を細めた。
 周りの空気が浄化されるようだ。

 が、そんな贅沢なひと時は、どかどかどか、という騒々しい足音にぶち壊された。

「輝血ー! 見ろ、蛇いちごだぞ!」

 がら、と障子を開け放ったのは、白い単衣をどろどろに汚した小童だ。
 ひょろっこい身体に似合わず、腰には白鞘の長刀を差している。

「だから何だ。そんなもの食わす気か」

 折角の癒し空間をぶち壊され、輝血は思い切り迷惑そうな顔を階に向けた。
 そんな表情に怯むでもなく、小童は嬉しそうに手を突き出す。

「蛇いちごだぞ? まるで輝血のためにあるようないちごではないか」

「阿呆。それはいちごではない。見ればわかるだろうが」

「野いちごは、こんなもんだぞ」

「だったらお前が食ってみろ」

「やだね。これは輝血のために取ったんだ」

「そのわっちが食わないと言うのだから、お前が食え」

「嫌だ。不味い」

「不味いとわかっているものを人に食わすな!」

「輝血は蛇なんだから、好きかもしれんじゃろ!」

「わっちは蛇なわけではないわい!」
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