Chinese lantern
 輝血は奥の院から出ると、裏手にある池を覗き込んだ。
 不思議な色の池は、覗くと鏡のように己の顔が映る。

 群を抜いて美しいわけでもない、しかもどこか幼い顔。
 大の男が一目で惚れ、来世を捨ててもいいと思えるほどのものでもない。
 しかもソラは、その気持ちがずっと変わらないのだ。

「何やってんのさ」

 いきなり背後から、甲高い声がかけられた。
 振り向くと、小さなソラが立っている。

「輝血が外に出るなんて珍しい」

「わっちはこの地では上手く歩けないんだから」

 この地では蛇神の力が強いからか、蛇神に捧げられた輝血は人の姿をなかなか保てない。
 普通の下界の人間が輝血を『蛇神様』と呼ぶように、蛇神に捧げられた者は蛇神になるのだろう。
 ただ、そう簡単になれるわけではなく、まだまだ蛇神の卵といったところだが。

 主様のようになるには、それこそ永い永い年月が必要なのだろう。
 ふと、輝血は水面に目を落とした。

「あっ」

 小さく叫び、輝血は水面に顔を近付ける。
 自分の背後に、一人の侍が立っている。
 背の高い痩身の、二十歳半ばの青年だ。

 くるりと輝血は、もう一度振り向いた。
 しゃがんだ輝血とさして変わらない背丈のソラが、きょとんと見ている。

「ソラ……」

 池の中の青年と背後のソラを交互に見ながら呟くと、ソラは、ん、と前に出、同じように池を覗き込んだ。

「何? 何かいるの?」

 じぃっと水面を見、不思議そうに言う。
 え、と輝血はソラを凝視した。

「何って。ここに映ってるの、ソラの元々の姿じゃないの?」

 池を指差して輝血が言うと、ソラは一層妙な顔をした。
 そして、さっきよりも水面に顔を近付ける。

「何も映ってないよ」

 そのまま顔を輝血に向けて言う。
 が、輝血の目には、そう言う青年が映っているのだ。
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