三途の川のお茶屋さん


十夜の寝顔から視線を逸らし、小さく呟いてそっと瞼を閉じた。  

「だけど悟志さん、貴方はもう抱き締めてくれないから……」

もう二十年、触れ合っていない。もう二十年、笑みや言葉も交わしていない。寂しい時や嬉しい時、同じ感情を共有
できない事はあまりにも切ない……。ふと、悟志さんと行った結婚式場の見学の一幕を思い出した。

あぁ、模擬挙式で祭壇の前、神父様はこう言ったっけ……、『その命ある限り、真心を尽くす事を誓いますか』と。

眦から、滂沱の涙が頬を伝った。

押し殺した嗚咽が、夜の静寂に虚しく響いていた。

眠っているはずの十夜の腕に、僅かに力が篭った気がした。私もまた、十夜に回した腕に力を篭めた。

十夜と悟志さんを天秤にかける事は出来ない。

けれど私は命尽きた。そうして今、私を温かに抱き締めるのは十夜の腕だ……。




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