三途の川のお茶屋さん




十夜の唇が触れたのは一秒にも満たないくらい、ほんの一瞬の出来事。

震える指先で、そっと目尻に触れる。

夢うつつの十夜が戯れに寄せた唇。けれど私にとってこの口付けは、ただの戯れでは済まなかった。

涙の痕を、十夜の口付けが塗り替える。

悟志さんの記憶を、十夜の温もりが上書く。

隠せない。隠しようなんかない。

……私は、十夜が愛おしい。十夜を、愛してる――。

『二つの愛を知って二倍に豊かな人生を送ったとは、よく言ったもんや!』

突如、脳内におばさんのチャキチャキの大阪弁が響き渡る。

!!
ニカッと豪快な笑みを残し、おばさんの残像はすぐに消えた。

私が実際に聞いたのはおばさんの声で、ならば脳内にフラッシュバックしたのも当然、おばさんの声のはず。

けれど今、私が心で聞いたのは、悟志さんの声で語られた、悟志さんの言葉だった。



< 205 / 329 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop