三途の川のお茶屋さん
「幸子さん、ちょっとだけ来てもらっていい?」
懸人さんは曖昧な笑みを浮かべて言った。懸人さんの笑みに、何故だか言い知れぬ恐怖を感じた。
「え? もうじき開店時間ですし、懸人さんも出航準備があるんじゃないですか?」
素直に付き従う事が憚られ、言い淀む。
けれど一方で、懇意にしている懸人さんにこんな不信感を抱く事自体、申し訳ないという思いもあった。
「おかしいね。かつてお前は微笑みを浮かべて私の腕に抱かれてくれたのに」
懸人さんの瞳の奥、燃ゆる焔は何を映しているのだろう?
そうして懸人さんが語る言葉の意味は何なのか……。私と懸人さんに、懸人さんの語るかつてなど、存在しないというのに。
さすがに危機感を覚え、懸人さんと二人きりのこの状況から脱しようとした。けれど『ほほえみ茶屋』の出入り口はひとつだけ。今は、懸人さんが出入り口を背にして立っていた。