三途の川のお茶屋さん
周囲は既に日が傾き始め、船に乗せられてからかなり時間が経っていそうだ。
けれど幸運にも、私はまだ忘却の渦中に落とされてはいないらしい。
目元を拭って、はたと気付く。拘束されていた両手が解かれ、自由になっていた。
「全く、懸人に気付かれてしまっては元も子もないわい。手を離すから、静かにできるね?」
タツ江さんは身を潜める長椅子の下から、首を巡らせて船首を確認した。
タツ江さんの念押しに、私は首を上下に振らせて答えた。
「タツ江さんが、どうして!?」
タツ江さんの手が離れるのと同時、潜めた声で問う。
「納品に来た呉服問屋から偶然、船が天界の西岸あたりを航行してたって聞いたんだ。だけどそこは定期運航のルートじゃない。あたしゃすぐに、懸人が事を起こしたんだってピンときたよ。それに天界の西岸付近なら、懸人は絶対にあそこに向かってるって思った。それで先回りして待ってれば、案の定懸人は来た。そこで懸人の目を盗んで船に乗ったのさ」