三途の川のお茶屋さん


宗派や地域によって風習が異なるが、十円硬貨や五円硬貨を差し出そうとする人が多い。他にも多くのお札を握った人や、無一文の人もいる。

若い人、年配の人。錦を纏う人、襤褸を纏う人。穏やかな顔をした人、険しい顔をした人。

私がこの地に『ほほえみ茶屋』を開店して二十年。

ありとあらゆる人が、ここには集う。そしてありとあらゆる人を、私は見送って来た。

けれどその誰もが、生前の記憶を持たない。

……それは私以外の誰もに、共通して言える事。





「なんだ幸子、今日も乗らなかったのか?」

既に二十年繰り返された、聞き慣れた言葉。

暖簾を割り、顔を覗かせたのは三途の川の管理者で『ほほえみ茶屋』のパトロンでもある十夜だ。

「ふふふっ、何度も言ってるじゃないですか。私は船に乗る気はありませんよ」

十夜は答えずに、ただ、肩を竦めてみせた。


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