三途の川のお茶屋さん
かつて十夜は、テコでも船に乗ろうとしない私を、何とか船に乗せようと画策していた。
けれどいつの頃からか、十夜は私を船に乗せようとはしなくなった。
いや、「乗らなかったのか?」と聞きはする。けれど乗せようと、直接的な行動を取らなくなった。
「さ、今日は大繁盛でしたからね。明日のお団子の仕込みは少し多めにしよっかな」
「……何が大繁盛だ。いくら利用客が多かろうと、ろくすっぽ代金も取らずに大赤字だろうが」
呆れたように、十夜が溜息を吐く。
「いいんです。幸運にもこの店には十夜っていう頼もしい支援者がいますからね。利益は二の次で構わないんです」
だってここは、『ほほえみ茶屋』。
どんな死に方をした人も、ほほえんで船に乗り込んでくれたらいい。
「変わった女だ」
十夜は目を細め、私を見つめた。
「ふふふっ」
私も長身の十夜を見上げ、吸い込まれそうな十夜の瞳に微笑んだ。十夜の瞳は一見すれば私と同じ黒。
けれど間近に見れば、瞳の奥に深く美しい紫の煌きがある。
二十年前はただ、恐ろしかった十夜の瞳。
それが今では、温かく優しく感じるのは何故なのか……。
私はこれ以上の感情に蓋をして、明日の分の団子粉を練り始めた。