キスすらできない。








「………」

体の気怠さが睡魔に勝った目覚めで重い瞼を押しひらけば、既に、高く日が昇ったらしい薄暗さに包まれる。

普段であるなら『ああ、朝か』と言う程度に欠伸の一つでも零していただろう。

でも今という瞬間は、

「……どこだここ」

体は気怠くもそれを包み込む環境は寧ろ心地よ過ぎる。

暑くも寒くもない空調とふんわり柔らかな布団の感触。

視界に収める景観も実に片付き清潔感あるシンプルな寝室。

目覚める場所としては好条件であるのに、戸惑いが強なのは見覚えのない一室であるから。

ホテル…ってわけじゃないな。

如何わしいホテルの雰囲気でない事は確かで、なんならまともなホテルの雰囲気でもない。

誰かの部屋の一室だ。

その誰かが特定出来ていないからこそ今の戸惑いに繋がっているのだけども。

はて?

長年の不倫の締めに酒を煽った事は記憶にある。

そのアルコールマジックによって行きずりの相手と一夜のアバンチュールになんか走ったのか?

だとしたら末期だな。

なんて、特別な焦りもショックもなく、淡々と予測を繰り広げながら頭をひと掻き。

そうしてようやく体を起こせば実に清潔そうな男物のシャツを一枚素肌に身につけているのだ。

いよいよ決定的じゃないかこれ?

かろうじてシャツの中身である素肌には見慣れた下着を捉えるけれど。


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