キスすらできない。
誘惑のまま食卓のある台所に行きたいところだけども、真っ先に向かうのは洗面所だ。
顔を洗って鬚を剃って寝癖を直して。
土曜日と言えどだいたいの町医者は開いているんじゃないだろうか。
あらかたの準備を終えた段階でようやく台所の扉を開けば、
「あ……おはようございます、先生」
「……おはよう、ピヨちゃん」
「丁度スープも温まったところですよ」
「今日は……サンドイッチと……コンソメスープ?」
「正解です。先生好きでしょう?」
「ん……好き」
あ……夫婦っぽい。
そんな感覚にほんのりと浸りつつ、自分の席に着けば合わせたように横から温かなスープをコトリと置かれるのだ。
そんな自分の向かいに彼女が座り『いただきます』と手を合わせたのはほぼ同時。
その後は他愛のない、
「……ピヨちゃんは、今日も作業?」
「はい、ありがたい事に最近注文が多くて。先生は今日は第二土曜だから夕方まで診療ですよね?」
「こっちは繁盛しないことを願うよ」
「フフッ、本当、」
よく……笑うようになったかな。
最初の2週間じゃ見られなかった姿。
それでもやっぱり意地っ張りな本質が変わるでもなく、強がりも健在。
ピヨちゃんはピヨちゃんのままだ。
それが……酷く良い。
あんな悲愴感に満ちた顔をもう見たいとは思わない。
思わないけれど……、