キスすらできない。
終始そんな葛藤に満ちた外出の時間。
とりあえず本来の目的であったワインも忘れずに調達し、例年を上回る炎天下を歩んで帰宅すればすでに昼時で。
「あ……」
「……おかえり」
「……ただいま…です」
「………あ、なんか居なかったから適当におにぎり作って食べちゃってた。ごめんね?」
「っ…いやいやいや、寧ろすみません。お昼って概念すっぱ抜けてましたぁぁぁ」
自分の悩み悶々に時間の概念すら忘れて帰宅した台所では、丁度昼休憩で戻ってきていた先生が自作のおにぎりで空腹を満たしている瞬間で。
妻の本分を忘れてしまっていた事実にはがっくり項垂れてしまった。
そんな私に反して先生と言えばどこまでもマイペース。
カチャカチャと近くにあった急須に新しい茶葉とお湯を入れると、立ち上がって私の湯飲みを手に取るのだ。
「まあ、お茶でも飲みなさいな。なんならピヨちゃんの分のおにぎりも握ってあるけど?不格好だけど食べる?」
「ううっ…食べますぅ。不格好具合が寧ろ可愛いですぅ」
「おにぎりに可愛いも何もないだろう」
いや、可愛いですよ。
先生が握ったとかいうだけで希少価値さえ感じるのに。
寧ろ食べるのが勿体ないくらいに。
そんな事を思いながらおにぎりとお茶を用意された席にようやく身を下ろすと、買ってきた物をとりあえず隣の席にどさりと置く。