キスすらできない。


「帰って…こーなーいーってね」

もう何度視線を走らせたかわからぬ時計は19時を示している。

土曜日と言えど、今日は18時まで診療となっている週であるからにして、多少の遅延はふしぎではないのだけども。

でも、いつもなら18時半過ぎには戻ってくるのにな。

いやいや、いつ何時人が来るかわからない職業じゃない。

ましてや病気なんて自分でコントロールできるものじゃない。

きっと時間ギリギリに来た患者さんの診療に追われてるのよ。

自分のそわつく心にそんな理性的な言い包めをするのも最早何回目か。

きっとあと30分内には帰って来るわよ。と、自分の言葉に頷きながらようやく時計から意識を逸らすのだ。

…時計からは逸らしたけれど。

ついつい、視線が走ってしまうのは自分のわりかし豊満な胸元だ。

なんかいつもより割増に感じる。

谷間くっきりな気がする。

いや、谷間が売りの一つなブラではあったけどもさ。

えっ?コレあり?大丈夫?

盛ってるなぁ。とか引かれない?

引かれないかな?

調子に乗ってボディクリームなんかも新調して塗っちゃったけど、嫌いな匂いとかだったらどうしよ!?

普段蔑ろなペディキュアまで気合いいれちゃってるのってどうなの本当!?

いやいや、先生が普段から私を足の爪の先までチェックして把握してるとは思えないし。

いつも通りです。と、足の事は逃げ切れるにしてもだ。

私変なとこない?と、鏡の前に立つのもすでに数度であるのだ。


< 144 / 167 >

この作品をシェア

pagetop